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御付家老

上へ 処刑された十四士 新左衛門家と青松葉事件 尾張徳川家 御付家老 徳川慶勝 青松葉事件の真相 その他の人物 怨霊説 「青松葉」語源

徳川家康は、九男義直を尾張国に置き、尾張藩を設立するに当たって、成瀬隼人正正成と義直の同腹の竹腰山城守正信を家老として付けた。成瀬家と竹腰家は「御付家老」と呼ばれ、尾張家の家老には変わりなかったが、幕府の出先機関として、藩主・藩政を指揮、監督して強い権限を持っていた。

成瀬家は犬山で三万五千石を領し、竹腰家は美濃国今尾で三万石を領した。両家は藩主一代ごとに交替して藩政に与かり、いつしか派閥化して、絶えず反目し続けていた。

尾張徳川十四代慶勝は成瀬家と竹腰家の江戸詰めを一年交替制に改めた。

慶応四年正月二十四日、成瀬家、竹腰家を始めとする御三家の御付家老に対して「藩屏に列する」という栄典が発令され、両家とも大名諸侯となった。