 | 渡辺 八之進 増綱
渡辺日根左衛門久綱の子。
寛文年間に尾張藩士・渡辺半蔵家に仕え、渡辺半蔵家から百五十石の蔵米を給与さる。元禄三年(1690)十月、郡代役を命ぜられる。宝永元年十月五日没す。
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 | 渡辺 八右衛門 弘綱
渡辺八之進増綱の子。
宝永元年(1704)十一月、父増綱の遺跡百五十石を継ぎ、渡辺半蔵家に仕える。宝永六年八月、御蕃役に就任する。享保九年(1724)、郡代役を命ぜられ、享保十三年七月、その職を辞する。
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 | 渡辺 八右衛門 能綱
渡辺八右衛門弘綱の子。初め八九郎、後八之進、八右衛門。
元文四年(1739)十二月、中小姓となり二人扶持を受ける。延享元年(1744)十二月、病を理由に父弘綱が隠居を願出て許されると、百五十石の家督を継ぐ。延享三年二月、御取次役となり、寛延三年(1750)二月、尾張詰めから三河国寺部陣屋詰めを命ぜられ、主君渡辺半蔵の御供や使者を勤めた。明和元年(1764)十二月、病に倒れ、明和六年死去。
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 | 渡辺 八之進 尊綱
渡辺八右衛門能綱の子。
明和六年、家督百五十石を継ぎ、寺部領主渡辺半蔵家に仕える。
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 | 渡辺 八右衛門 恭綱
渡辺八之進尊綱の子。
安永三年、家督八十石を継ぎ、寺部領主渡辺半蔵家に仕える。
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