渡辺半兵衛家人物伝
渡辺 半兵衛 真綱 渡辺玄蕃正綱の二男。 徳川家康に仕えた。関ヶ原の戦いでは本多忠勝に従軍。後に幕臣となり、五百石を領した。
渡辺 墨右衛門 吉綱 渡辺玄蕃正綱の三男。初め金蔵、後墨右衛門。 徳川家康に仕え、遠江国掛川の城攻めで戦功をあらわす。のち、鈞命により本多忠勝の家臣となる。
渡辺 半兵衛 則綱 渡辺半兵衛真綱の長男。初め源蔵、後半兵衛。 父渡辺半兵衛真綱が本多忠勝家を出て三河国に潜居したとき、真綱により本多忠勝家に属せられる。後、本多美濃守忠政に仕え、別家となる。慶長十五年五月十七日、伊勢国桑名で没す。四十歳。法名行西。
渡辺 半兵衛 勝綱 渡辺半兵衛真綱の三男。初め六蔵、後八郎右衛門、半兵衛。母は内藤甚左衛門正重の娘。父真綱の嫡子となる。 幕臣となり、千石を領した。ェ政系譜に「綱十九代源太左衛門範綱の長男 次郎左衛門治綱−正綱−利綱・弟 半兵衛真綱(織部、家康に仕え五百石)−半兵衛勝綱(千石)」とある。この家の家紋は「丸に三星、蔦、三蛇目」とある。