このサイトを設立してもうすぐ一ヶ月になります。一昨日の時点で訪問者が300人を超え、いつの間にか今年一月に設立した私の日本語のホームページよりも通算訪問者が増えていました。これはきっと、他のHPからリンクして下さった方々のお陰で「半蔵流渡辺家?これ何だ?」と思って訪問して下さった方達のお陰だと思います。
はっきり言って、このHPは「目玉商品」が無いような気がします。大抵のHPは何か目的があって訪問しますが、当サイトは「渡辺家のことについて知りたい」という人意外にはあまり興味が無いサイトだと思います。また、そういう人が居ても私の親戚ぐらいでしょう。せめて、渡辺半蔵守綱のことをもっと知っていれば、それが「目玉商品」になるのですけど。(渡辺半蔵の事ももっと調べたいと思っています。) 青松葉事件の事ももっと知っていればその事だけででも立派なHPが出来たと思います。だけどまあ、このHPはこれで良いのかなとも思います。とにかく「渡辺新左衛門家」の系図が知りたくて始めたサイトですからね。
そう言えば、先日『蜻蛉切』の製作者のHiDECKさんと電子メールを交わしました。『蜻蛉切』は「リンク集」でも紹介させて頂いていますが、「徳川四天王」と「徳川十六神将」の一人に数えられる本多忠勝についてのサイトです。その時に思ったのですが、徳川家臣団についてのサイトは『蜻蛉切』以外には今までに無かったと思います。今までに織田信長とその家臣団(柴田勝家、明智光秀、前田利家等)、甲斐武田氏とその家臣団、真田家、斎藤道三、徳川家康、それに明治維新関係のサイトを多く見つけてきましたが(とくに新撰組関係のサイトは多いですね)、徳川家臣団のサイトは『蜻蛉切』以外に見た事が有りません。徳川家関係はあまり人気が無いのでしょうか?この『半蔵流渡辺家・嵯我源氏』のサイトも徳川家臣団のサイトの一つに数えられる様な立派なサイトに育てていこうと思っています。頑張って「槍の半蔵」のことを調べなきゃ!
同じ系図系統のサイトでも、同じく「リンク集」で紹介させて頂いている『浦地氏・歴史と史跡』は本当に良く浦地氏のことが調べてあり、脱帽です。私はまだ渡辺新左衛門家の系図の作成中で、現時点では江戸時代初期の渡辺新左衛門秀綱と、後期の渡辺新左衛門惟綱の間にまだ大きな穴があり、その穴埋め作業だけでもまだまだ時間がかかりそうです。
でも何を隠そう、現在このHPに載っている情報の大半は私が過去三ヶ月間にインターネットで調べて見つけたものです。渡辺家の系図は95パーセント以上、インターネットで見つけて、またインターネットで知り合った家系図作成名人の藤原さんや他の方々の情報を合わせて作り上げていった物です。そう考えると、本当にインターネットの威力に関心してしまいます。