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嵯峨源氏の略系図

綱の子孫が摂津渡辺党で、源頼政の挙兵を援護、以来南北朝から戦国期にかけて各地を転戦し、その戦いぶりは勇猛をもって知られた。この系統は戦国末期、武田・今川・織田・徳川・毛利など有力戦国武将に仕え、集合離散しながら戦い続けた。
 | 明治二十七年頃の嵯峨源氏の子孫で有名な人々の中には次の人々がいる。
 | 正三位 伯爵 松浦 詮 (旧平戸藩主)
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 | 従四位 松浦 厚
(松浦詮の嫡男だと思う)
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 | 正三位 子爵 渡辺 昇 (旧大村藩士・政治家)
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 | 正三位 子爵 渡辺国武 (旧諏訪藩士・政治家)
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 | 正四位 子爵 渡辺章綱 (旧伯太藩主)
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 | 従四位 子爵 松浦 靖 (旧平戸新田藩主、松浦修の嫡男だと思う)
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 | 従三位 男爵 渡辺 清 (旧大村藩士・政治家)
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 | 正三位 渡辺 驥
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 | 従三位 籠手田安定
(?)
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 | 従三位 渡辺千秋
(旧諏訪藩士・政治家)
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 | 渡辺半蔵
(尾張藩士・渡辺半蔵家の当時の当主だろうか?)
以上の名前は京都府右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町,清凉寺(嵯峨釈迦堂)境内西南隅に在る源融の墓と伝える五輪塔の前に立つ源融碑に、先祖の源融(河原左大臣)に捧げるとして記されている。この石碑は明治二十七年に建てられている。(京都の石碑)
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