|
|
|
家老のことを「年寄」とも呼んだ。これは武家社会に設けられた職制で、一般的には江戸時代に藩主のもとにあって、藩政を主宰する最高の職制を称した。多くは藩主の一族や譜代の重臣によって占められ、平均3ー4名が合議論番制によって藩政を執行した。つまり、大名の家務を総理する立場にあった。 室町時代に守護がしかるべく長老を守護代に任じて政事を執行させたことに始まったという。豊臣家の五大老、江戸幕府の老中制も一種の「年寄」である。 家老の名称は、令制の「家令(かれい)」が音韻変化して「かれう」となり、更に「かろう」になったという。身分が高く、経験豊富でおとなしい人が慣習的に選ばれたため、次第に「家老」と呼ばれるようになったという説もある。
尾張藩の年寄は普段、午前九時に登城し、二時に下城したという。 尾張藩では元和二年から慶応四年の253年間に年寄に任じられたものは119人、50家あった。
渡辺半蔵家年寄勤務年表
渡辺新左衛門家年寄勤務年表
渡辺監物(半九郎)家年寄勤務年表
|